妻のひだまりにブログ時間かかりすぎといわれ…

今日は千葉県鴨川市釜沼の棚田の脱穀のために朝早くでかけるので、昨晩は早めに寝ようと思ってたら、妻のひだまりから何時に起きるの?ときかれたので、4時半というと、ええ!?早すぎない?といわれたので、だってブログ書くし…、というと『ブログにそんな時間かかるんだ』と半笑いでいわれた。

 

そう、ぼくは何をやるにも人の倍から数倍くらい時間がかかるんじゃないかと、実はかなり昔から思っている。

 

つまり人として他の人と較べると生産性がかなり低いのだと思うのだ。

 

なので、無意識のうちにできるだけ人と較べられにくいことや、どうしたら人と違うことをして稼げるか的なことばかり考えていたのかもしれない。

 

若い頃、人の会社に誘われても、上司つけるな、仕事は与えるな、自分の食い扶持くらいは自分で稼ぐ!などといって、それでも雇ってくれる奇特な会社に雇われていたこともあった。

 

アートもゲームも単純比較されにくいから選んだのかもしれない。

 

そのなれの果てというか、最終形!?がうんちマンなのかもしれない。

 

ぼくの心友のつるちゃんこと湯川鶴章が彼のオンラインサロンでこんなことを書いていたので引用ヽ(´ー`)ノ

 

自分のだめな部分をFacebookとかで投稿できるというのは、自分の小我を大我が客観視できているということ。それはそれですばらしい。自分のだめなところを口にできない人も多いから。

 

さらにだめな部分を笑いに変えることができるということは、大我が小我の存在を否定しないということ。大我も小我も自分であるということを認識している証拠なんで、ここまでくればしめたもの。

 

で、どうすればそのフェーズに行けるのか。小我の自分が考えていても答えは出ない。それどころか、どんどん自己嫌悪の深みにはまってしまう。

 

(中略)

 

時間がかかる話だけど、それを何年も繰り返していれば、いつかきっと自己嫌悪のループに陥らない自分になれるように思う。

 

そういう意味じゃあ、おれなんてまだまだカッコ悪いこと書けてないなあと思う…。

 

やりたいことしかやってないし、

 

うんちマンじゃまだぜんぜん稼げないし、

 

「学び2.0プロジェクト」はこれからだし、

 

さらに、でも毎日が超楽しいので全然落ち込まないおれっていかがなものかと思うわけだ。

 

やりたいことやって稼げてないけど落ち込まないでいつも明るいってバカじゃないのヽ(´ー`)ノ

 

って思うわけだけど、これって妻のひだまりはじめ身近な多くの人たちのおかげさまだと思うのだ。

 

つるちゃんとメッセンジャーで話してて、

 

あることを、マネしたなヽ(´ー`)ノって書いたら 

 

 

マネって。あなたは誰もマネできないはるか彼方に飛んでいってるじゃないですか。

 

 

っていわれたけど、そんなことしているつもりはとくにないと思うが、

 

前述の文脈からすると無意識のうちにそっちに向かっているのかもしれないと思うのであったヽ(´ー`)ノ

 

 

 

今日もここまで読んでくださって本当にありがとうございました。

 

ぼくたち生きとし生けるものにとって今日もありがたい1日でありますように(*゚▽゚*)